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1995年〜2002年にかけてクルーとして参加した、探検家 キティン・ムニョス氏の「エクスペディション・マタランギ」(草船による大西洋・太平洋の航海プロジェクト)の終わりと同時に、石川独自の視点をもととした航海プロジェクトを立ち上げるべく日本へ帰国。

2002年〜日本では初めてとなる、小型の葦船作りのワークショップスタイルを考案・主宰。日本全国に草船の魅力を伝えて歩くのと同時に日本初の外洋航海への道を探っていった。

 

目指すのは黒潮に乗って人々が草を束ねた原始的な船で移動していた可能性を実証し、自らの体で体感すること。そこには太平洋、大西洋を横断する時とは違う何かがあるはずだ。

 

更に日本で容易に手に入る素材「葦」(イネ科)を使い製作方法を研究し、今までマタランギの造船で使用してきた南米チチカカ湖に群生する「トトラ」(カヤツリソウ科)と「葦」の浮力・耐久性についての違いも検証したい。

 

この航海の経験や成果は目指す太平洋の大海原に漕ぎ出すプロジェクトに繋がるはずだ。

 

2005年ようやく機を得てカムナ号の制作が始まる。制作に関わったのは全国から集まったのべ300人の仲間達。沢山の想いと支援に支えられ、4ヶ月後「葦船カムナ号」が産声をあげた。 

 

出航の日は象徴的なまでに無風であった。高知県足摺岬を出たカムナ号は風もないのにぐんぐんと進む。時速3ノット(時速5.5キロ)これが黒潮か...。 

 

この後、13日間1000キロの航海の中で、この年はいつもとは違い想像以上に南へと蛇行する黒潮の存在が大きく迫ることとなる。

例年通りであれば予定通り船は伊豆諸島のどこかの島に運ばれる。その検証の旅であったが、草を束ねたこの船は無風状態では自力で黒潮から降りることが出来ずにいた。

 

結果、許可された航行区域から大きく外れた為、様々な安全上の懸念や海上保安庁とのやりとりがあり、葦船カムナ号は風のみを動力とする大型の草船本来の航海を一時中断し元のルートまで伴走船に2度18時間曳航されることとなる。

風に身を任せたらこの船はどこに運ばれるのだろうか...。

マタランギで経験してきた太平洋・大西洋と日本近海の海峡の違いが脳裏に迫る中、ルートに戻り再び帆走。低気圧に翻弄されながら1週間の航海をへて出航から13日目にカムナ号は無事に目的地の伊豆・神津島沖合に辿り着き、ここでこの航海を終わりとした。

 

大きな課題と学びを残して神津島へと迎えられたカムナ号は、その後伊豆大島を最終目的地として曳航され到着。後に解体したカムナ号の一部は神社の社となり、一部はここで新たな命を育むべく大地へと還っていった。

航海中に食べ甲板の下に入り込んでいたみかんの種は草船そのものを苗床に芽吹き、今も大島の地で花を咲かせ実を実らせている。

ここから、より深く海に寄り添うべく航海技術向上の為の学びの世界へ。

そして世界に広がる草船文化の調査、船の素材となり得る葦・イグサ・笹・茅・ススキ・ガマ・パピルス・セイタカアワダチ草...といった様々な素材の違いの研究に想いと時間を重ねていくことになる。